“ピアニスト”角野隼斗、“YouTuber”かてぃん、“研究者”角野隼斗。色々な世界を同時に見ている彼の、考える音、想う音、感じる音はいったいなんだろう。興味が尽きない存在である角野に、「音」について話を聞いてきた。
「現代のスーパーマンが、大切にする音」
ーまず初めに、12月のソロコンサートツアー(コンセプトは、“Inspiration from Rachmaninov”。全国5都市6公演)開催&チケット完売と伺っています。おめでとうございます!
角野 ありがとうございます。
ーコンサートをより楽しむための予習用プレイリスト(https://twitter.com/880hz/status/1199954185204056065)を公開されたり、他にも、会場限定のCD販売と、そのCDへのサイン会もあるとお聞きしました。プログラムも本当に楽しみです。
角野 色々なかたちで、皆さんに楽しんでいただけたらと思っています。
ー現在、角野さんは、YouTube(登録者数9.3万人)をやりつつ、東大の大学院で研究しつつ、ソロコンサートの準備、様々な打ち合わせやインタビューを受けたり、バンド活動などもされていますよね。頭の中で「うわぁぁ」っとなることはありませんか?
角野 なっていますね。ずっと(笑)。
ーなっているんですね(笑)。YouTubeではたくさんの曲を編曲されていますが、コード(=和音)が大切だそうですね。コードは曲の中でどんな役割があるのでしょうか?
角野 通常コード自体は、意識して聞くものではないですよね。普通はメロディーや歌詞をきく。ただ、人はコードがついていることによって、なんらかの感情を感じ取ることができるようになっています。長調は楽しい、短調は悲しいとか。ドミソが不協和音だった時代もあります。
ードミソが不協和音なんですか⁈
角野 ルネサンス時代には、ドミソすら不協和音だと考えられていたことがありました。ドソというのは周波数が2:3で、すごく綺麗な数字になっています。綺麗な和音というのは、それぞれの音の周波数の比率が簡単な整数比で表せる=シンプルな波なんです。それが、やっていいとされる和音の種類がだんだん、時代とともに拡張していったんですよね。最終的には現代音楽に行き着きます。何が心地よい音と感じるかは、どういう音楽に触れてきたかによって全く変わるものだと思います。
ー音楽、特にクラシックはある程度決まりや定義、作曲者の意図にそった表現が必要とされるイメージがあります。育った環境がことなる人同士で、それを合わせたり正解を出すことは簡単ではないなと感じます。
角野 例えば原作を映画化する時に、原作者の意図しないことを映画化してしまうと、原作者や原作のファンは違和感を感じるでしょう。映画化するときには、原作者の意図を大事にするのみならず、製作者のいろいろな考えも反映させているわけですよね。同じように、範疇の中でどれだけやるかっていう所が、クラシックの個性になっています。時に、その範疇を超えて、独創性を出す人もいます。そういう人は、コンクールで評価がわかれたりするんです。「そんなのはショパンじゃない」とか。そういうのは良くあることです。ただ、それが音楽としてダメかと言われると、そうでもないと思っていて。コンクールの基準からしたらダメだけれども、そこに意思があるなら、音楽として良いと僕は思います。
独りよがりの解釈で、好きなように弾いているのと、作曲者のことを考え抜いたうえで、自分なりの味を出すのとでは、聴いている人への伝わり方も違うはずです。深く思考を使った意思のある演奏は、範疇の中でも外でも、心に響くのではないでしょうか。
ー同じことをしていても、受け取り方がかわりますよね。
角野 そう。納得感がでますよね。
ー作曲者の意図というのは、譜面を見て分かるものでしょうか?経験で理解するものなのでしょうか?
角野 楽譜に全てを書き込むことなんて、そもそもできないんです。強弱やペダルを踏んで離して、など細かくは書いていないし、即興的な表現が含まれるかもしれない。
良く楽譜通りに演奏しなきゃいけない、とクラシックは言われるけど、別にショパンもモーツァルトもそんなことなくて、装飾音は自由に入れるし、左手は楽譜通りで、右手で自由にメロディーを奏でるということもあります。ただ、作曲者がやって欲しい表現というのも必ずあります。例えば、同じフレーズが3回続いていて、3回目の最後だけ特定の音が半音下がる。この半音下がる音は大事だよっていう意図がみえますよね。
ー意図をもって作曲されているから、音楽で楽しい悲しいなどの印象を与えることができるんですね。
角野 文字だってそうですよね。一つ一つはただの意味を持たない記号なのに、それが文章となって物語となって、感動することができます。
(photo by T.Tairadate)
「ピアノと数学」
ー大学院では音楽やAIの研究をされていますが、その前の大学4年間は、どういった勉強をされていたんですか?
角野 1,2年は教養学部でリベラルアーツ※を学びます。3年から専門学に入ります。そこでは統計学や、確率、プログラミング、数学などを勉強をしていました。今行っている、AI研究の基礎でもあります。
※リベラルアーツとは教養教育のこと。自由人として生きるための学問が起源。
ー角野さんは、ある意味「レアキャラ」だと思うんです。クラシックでは、小さいころから練習を重ねて、小中高大学までその道一筋でやるようなイメージがありますが、角野さんはちょっと違いますよね。
角野 そうですね。中高はあんまり真剣に、ピアノはやっていなかったんです。小さい頃もそんなに練習好きじゃなかったので、一日中ピアノをやっているより、一日中数学の方がやっていられるなと思っていました。今は逆ですね。
(photo by T.Tairadate)
ー数学とピアノはあまり繋がらないイメージがあるんですが、角野さんの中では近かったんでしょうか?
角野 近くはないのですが、12平均律の上で成り立つ、様々な音楽理論というのは、数学的にも美しいと思います。
ーみんな、自己表現してみたい欲求はあっても、現実はこうだからと諦めてしまいがちです。2つのことを同時にやっている角野さんを、「すごい」と感じる人は多いように思います。
角野 でも、2つのことをやることに、何の意味もないんです。そう思いませんか?単純にそれぞれできる時間が、半分になってしまいます。だから、なんとかやっていること、どちらも統合していきたくて、そういう方向性で研究も頑張っています。
「言語化できない謎のパワー」
ー角野さんの表現という部分については、経験の中からうまれてきているのでしょうか?
角野 それもありますが、言語化できない、謎のパワーみたいなものもあります。うさんくさいなと思うんですけど、実際あるんですよね。
ー全然うさんくさくはないです!(笑)
角野 でも、例えば良くある神格化するって、ようは思考の放棄だと思っているんです。ショパンは神だ。と言ったとするじゃないですか。まぁ神なんですけど、なんで素晴らしいかを考えることを放棄していることになります。
ー言語化って、意識しないとやらなくなる気がします。ショパンは神だと思います。終わり。じゃまずいよってことですね。ただ受け取るだけじゃなくて、自分の感情や思考を、能動的に表現していくということが必要。
角野 そうですね。なんともいえぬ、言葉にできぬ素晴らしさ、とかは言語化の放棄ですよね。考えたうえで、言葉が見つからないのは良いのですが、最初から探そうとしないとそれに慣れてしまうので。やるかやらないかは自由なんですけど、言語化することで、自分のことも分かるようになるし、表現も広がっていくと思います。
(photo by T.Tairadate)
「初の全国ツアーや大学院卒業間近の、角野のこれから」
ー角野さんは、はたから見ても、時間をどう使っているか謎です。出演されている映像作品の、「多才」のように、角野さんが3人いたら納得ですけど。(笑)
角野 時間は全然足りないですね。でも、あくまでメインはピアノです。音楽家的な視点で、研究に活きるものがあればやっていきたいと思います。
ー他に、やりたいな。と思っていることはありますか?
角野 作曲ですね。まずは。今まで編曲をやることが多かったですが、色々やりたい表現なんかも増えてきて、だったらそろそろ、オリジナルを作っても良いんじゃないかって思っています。
ーこの一年ほど、YouTubeも積極的に発信されていますね。
角野 留学する前は登録者数1~2万人くらいだったので、この一年でだいぶ増えましたね。(現在9.3万人)
ー登録者数が増えたのはなぜでしょう?
角野 投稿のペースがあがったのと、コラボを始めたり、ライブ配信を始めたりしました。
あとは、そもそもYouTubeで、ピアノの演奏動画の市場が拡大していることもあります。ストリートピアノのおかげですね。最近はバズることが全てみたいな所があって、ストリートピアノはバズりやすいんです。なぜかな?その場でみている人の反応があるからかもしれないですね。モニタリングを見ている気持ち+感動もできるということなのかも。そういったコンテンツは、音楽ジャンルだけじゃなくて、YouTube全体で取り合いになっています。
ーアレンジの技術は、ピアノの練習の中で身に着けたのですか?クラシック以外のことも関わっていますか?
角野 クラシックだけをずっとやっていたら、身につかなかったと思います。バンドもやっているので、聴いたものをコードにして、弾くという作業がすごく多いんです。そこでコードについてよく考えています。クラシックだけやっている人でも、できる人はできます。ただ、それは能動的にやっているからで、自発的に学ばないと、そこに行きつくことはないと思います。
ー幅広く音楽を知っていると、表現もより豊かになるように感じます。
角野 そう信じています。これは一長一短で、表現的なプラス面があって、でも弾き方が全然違います。その都度変えないといけないので、使い分けが必要です。そういう難しさはあります。とはいえ、通じる所もあるから、どちらもやっていったほうが、表現は広がると思っています。
「海外での活動で広がる、音楽の輪」
ーピアニストとしての活動は、今後どのようなことをやっていく予定ですか?
角野 ソロコンサート、海外でのコンサートもやっていきたいのですが、インプットの時間は確保し続けたいです。音楽に限らずですが。レッスンを受けたり、コンサートにいったり。意識的にそういう時間をとらないと、どんどんアウトプットだけになってしまうのは怖いですね。
ー今、hibiki Culture Labというプロジェクトで、日台の交流イベントを開催しています。インプットの場として、台湾にいらしていただけたら嬉しいですね。
角野 ぜひ。行ったことないので、行ってみたいです。
ーひたすら音楽の道を進むこと以外にも、色々な活動をしているピアニストが日本にいる。というのは、台湾人にもすごく励みになると思います。講演会や、演奏会を実現したいですね。
角野 良いですね。その時は英語かな。(笑) ぜひやりましょう。
「角野隼斗&かてぃんについて」
ーかてぃんの名前の由来を聞いても良いですか?
角野 実は深い意味はないんです。中学生の時、太鼓の達人というゲームで、プレイヤーに平仮名4文字の名前を付けられたんです。そこで使っていた名前です。神手院が由来だと思っている人もいるみたいなんですが、知り合いのYouTuberがつけた、ただの当て字です。
ー好きなアーティストはいますか?
角野 色々いるのですが、プレイスタイル的な面で言うと、「上原ひろみ」さんは多大な影響を受けています。何度も演奏を聴きに行っています。
ー上原ひろみさんの好きなところはどんなところですか?
角野 本番での力、アグレッシブさが段違いである人。一般のジャズとも少し離れている感じがします。独自性があって、それもまたカッコいい。中学二年生の頃から、今も、あらゆる部分で色々な影響を受けています。
ー今後一緒にやってみたい演奏家はいますか?上原ひろみさん?
角野 ・・・やりたいですね。
あとは、同じYouTuberで言うと、「藤井風」さんが好きです。ピアニストで、歌もうたっていて。全体的に、センスが良いっていう感じです。
あとは「ジェイコブ・コリア―」さんも尊敬しています。坂本龍一現代バージョンみたいな人。彼自身が音楽みたいな人です。
あとDirty loopsは大好きです。
ー角野さん、歌はやらないんですか?
角野 得意じゃないけど、歌いたいんです。普通はメロディーも弾かなきゃいけないんですけど,メロディーを歌えたら、手が2本残るじゃないですか。より表現の幅が広がりそうですよね。
ー角野さんは、色んな表現ができそうな雰囲気を持っていますよね。
角野 ありがとうございます。表現したいと思っています。
ー最後に、角野さんにとって音楽とはなんですか?
角野 難しい質問です。言葉とあまり、変わらないのかもしれません。表現を伝えるための手段だったり、常に自分の周りに存在していて、それによって、感情を揺り動かされるもの。そして、なくては生きていけないものです。
「番外編:角野隼斗の好きなもの」
ー角野さんの好きな食べ物はなんですか?
角野 タピオカミルクティーですかね。(笑) これだけ流行ってるんでたまに飲むんですけど、結構好きです。世の男性の平均よりは、好きだと思います。
ー甘いものお好きなんですね?
角野 甘いものは、好きなものと嫌いなものがあって。甘すぎるものは苦手です。マカロンとか、多すぎる生クリームとか。甘すぎない甘いもの、和菓子とか大好きです。ベビーカステラやカステラも好きです。クッキーはそんなに好きじゃないです。
※みなさん、差し入れは洋菓子より和菓子がおすすめです!
「おわりに」
オーディオの会社に入ったことで、音について考えることが増えた。見えないけど、確かに感じるものがあるということに、改めて驚く。私たちの細胞は振動しているし、音も振動している。例え聴覚にハンデがあっても、振動で音楽を楽しむことだってできる。生きることそのものが、音を奏でることと同じなのかもしれない。
角野さんと話していて、まっすぐな言葉と、自分を卑下したり謙遜したりせず、ただ真摯に音楽と自分と向き合っている様に、ただただ感動した。同時に、自分は思考の放棄をしていないか、言語化できないと逃げていないか、そもそもなぜ思考の言語化が必要か?なぜ表現するのか?深く考えるきっかけを得た。自分だけの答えを探すというのは、なかなかしんどい。
表現の裏には、細部まで考え抜かれた意思や、思考の結果がたたみ込まれている。そこまで自分を深堀するには、受け身ではできない。言われるまま練習して、演奏しているだけではきっとたどり着かないのだろう。
角野さんは、音楽以外の経験も、表現に活きると「信じる」と言っていた。今、良くあるレールとは違う道、経験を選択している人にも、この「信じる」の力が届くことを願う。
角野隼斗 プロフィール
1995年生まれ。2018年、ピティナピアノコンペティション特級グランプリ、及び文部科学大臣賞、スタインウェイ賞受賞を機に本格的に音楽活動を始める。2019年、リヨン国際ピアノコンクール、第3位。2005年、ピティナピアノコンペティション全国大会にて、Jr.G 級金賞受賞。2011年および2017年、ショパン国際コンクールinASIA 中学生の部および大学・一般部門アジア大会にてそれぞれ金賞受賞、その他受賞多数。これまでに国立ブラショフ・フィルハーモニー交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、千葉交響楽団等と共演。現在、東京大学大学院2年生。金子勝子、吉田友昭の各氏に師事。
2018年9月より半年間、フランス音響音楽研究所(IRCAM) にて音楽情報処理の研究に従事。フランス留学中にクレール・テゼール、ジャン=マルク・ルイサダの各氏に師事。
2019年、パリにて3回のソロリサイタルを行なった他、ウィーンやポーランドにてリサイタル出演。国内でも多数のコンサート活動を行う傍ら、”Cateen”名義で自ら作編曲および演奏した動画をYouTubeにて発信し、総再生回数は900万回を突破している。2019年6月、ワーナーミュージック・ジャパンより1stデジタルアルバム『Passion』リリース。
Website: https://hayatosum.com
YouTube: https://www.youtube.com/user/chopin8810
Twitter: https://twitter.com/880hz
Instagram: https://www.instagram.com/8810hz
12月に自身初の全国5都市6公演ツアー開催。チケットはSoldout。
https://hayatosum-tour2019.com/
hibiki Culture Lab
https://hibiki.tw/
2019年より始動。音楽や文化の交流を目的としたイベントなどを、企画している。
Chord & Major
https://www.chord-m.com/ja/
台湾発のオーディオメーカー。名前の由来は、Chord=音楽のコード(和音)Major=メジャーコード、専門的な。からきている。
【お知らせ】今回のソロコンサートを記念して、角野隼斗別注イヤホンを販売します。(完全受注販売)
詳しくはこちらのサイトへ→ http://shop.tacticart.co.jp